観光

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観光(中沢新一・細野晴臣/筑摩書房)

1985年当時におこなわれた、中沢新一氏と細野晴臣氏との対談録。「観光」と銘打って、天河、戸隠、大山、豊川、諏訪など、日本各地の霊地に場所を設定しているけれども、行っている場所に関係ある話しはあまりなく、ただひたすらに、お互いの興味があるテーマについて話しているという印象の対談。あまり真面目に話している風でもなく、力が抜けている感じがいい。
なにしろもう25年も前の話しで、「YMO」が散開したばかりで、「ゼビウス」が町のゲームセンターで稼動していて、「ひょうきん族」がテレビで放映していた頃のことだから、かなり昔のことではあるけれど、今読んでも、まったく古い感じがしない。
語られているテーマは、宗教論からガイア理論やフラクタルなど、当時最先端をいっていたのだろうと思われる話しが登場してきて、これをリアルタイムで読んでいたら、相当面白かったに違いない。
むしろ、今だから、25年前にここで語られていることの重要性がよくわかるということもあって、2人の圧倒的な先見性に驚かされる話しもたくさんあった。
【名言】
中沢:どういうところにバザールができるかっていうのはおもしろいんだよね。バザールの中にもラインが引けるんです。人が集まる場所っていうのは風水だけでもないけど特殊なものがあるねえ。
細野:なんでだろう、辻とかねえ。
中沢:例えば、砂漠の中に町ができたりするでしょ。だけど砂漠なんて根拠ないわけじゃない。
細野:誰が決めてんだろ?
中沢:山があるわけでもないしさ。だけど、そのバザールの町へ行ってみると確実にここは待ちとしてできたものなんだなあ、という感じがするのね。人が集まってくるところというのはかならずそういうところがあるよね。人間の身体の中にもいろいろスポット、つまり力が渦巻いてて流れてるところがあるでしょ。そういう所って地球の肌にもあるんだろうね。(p.42)
細野:人が病気になったら、自分を浄化してくれると思って、その人に従わなきゃね。
中沢:自分が病気した時は、すごく功徳してるって感じるんです。ハッピーです(笑)。
細野:そうです、そう思わなきゃ病気できないですよ。日本の宗教ってそれが大きなテーマになってるんですよ。(p.54)
中沢:僕は以前、「極楽論」(『チベットのモーツァルト』に収録)っていう論文を書いたんです。あれはテクノのことなんだけどもね。テクノの音っていうのは、極楽浄土の音の描写とすごく近いんです。浄土三部経の中では、西方浄土の描写しかないんだけど、不思議なことに浄土っていうのは全部金属の響きなのね。極楽の空中をネットがおおいつくしてる。そのネットの各交叉点に小さい鈴がつけられていて、一点をポッと打つと、全空間に波及してチリチリチリと鳴り響いていくわけ。そのポッというのは、宇宙中から波動が起こってくるわけだから、どこにも中心がないし、常に生まれて、パッと消えちゃう音なのね。(中略)でね、極楽浄土の音というのは、こちら側の僕らの世界にもってくるとすごく弱い音でしょ。すぐ死んじゃうんですよね。
細野:そうそう。ほんとにはかないんだよね。素粒子みたいなものでね。(p.82)
細野:今はね、意識しているしていないにかかわらず「もう時間がない」っていうのは、相当集合意識になってきていると思う。だから、言葉による誤解っていうのはもういいんじゃないかと思うんだ。「地蔵」って言うと「仏教」とか宗教的なものがまとわりついてるけど、それは、ほかに言葉がないんで言ってるにすぎないしね。わかる人は「なるほど」と思える時代になってきちゃってるはずなんですよ。(p.88)
中沢:今西錦司の進化論っておもしろいよね。ある動物が高いところの葉をとろうとしたんで首がのびたっていうんじゃなくて、群れがみんなで進化しようって意思伝達して、群れ全体がポーンと進化するって考えるわけでしょ。今のネオ進化論の一番重要なテーゼは、進化っていうのは群れ全体で起こるって考え方だし、群れの中でひとつの集合無意識っていう形で意思疎通することなんですね。「もうすぐくるぞ」っていうヤツなの。(p.90)
中沢:浄土経の中にあるんだけど、極楽に上向していくのとむこうから降りてくるのがある。極楽浄土をめざしている時は、自分の心がそっちへ行ってるから集中できて登って行けるけど、帰ってくるのが一番むずかしい。禅の十牛図もそのことを言ってる。(p.94)
細野:喫茶店のテーブルがテレビ・ゲームになって、まん中がくりぬかれてるじゃない(笑)。最初あれ見たとき感激したもん。なんちゅう世の中になったんだろうって思ったもん(爆笑)。あれでけっこう刺激された。(p.99)
中沢:さっきの「ゼビウス」の話も含めてそうなんだけど、オモチャとか遊技というのは死と結びついてるでしょ。例えば、ヨーロッパなんかだと子どもがオモチャをもらえるっていうのは、サンタクロースからもらったわけです。ところがたどっていくと、サンタクロースというのはもともと死者の国から来るおじいさんでしょ。くるみ割り人形なんていうホフマンの作品なんかでも、オモチャと人形の世界はほとんど死の世界と一体になってるし。(p.143)
中沢:汎神論て言われるけどさ、あれは無神論でもあるんだよね。つまり、自然にはスピリットがいくらでもあるってことなんだけど、スピノザはそれすら否定してるとこがあって、神なんていない、自然が神だっていう時は、神すら否定しちゃってるとこがあるよね。(p.274)
中沢:夏目漱石にしてもワーズワースの「自然にかえれ」流の自然主義に反発してるでしょ。自然にかえれって言うけど、意識をもっちゃった人間は自然に回帰なんかできないんだってところから叫び声がずっと始まってくっていうのは近代思想の大きな流れとしてあるわけですよね。(p.318)

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