戦争と一人の女(坂口安吾)
戦時中の話しというと、悲しい話しが多いけれど、そうではない視点の話しがあってもいいはずだとは思っていた。一つの出来事には、それを体験した人の数だけの意味があって、戦争という巨きな、揺るぎないように見える歴史的事件でさえ、その解釈や思いは個人によって様々であるはずなのだと思う。
戦争というのは、多くの人にとっては生活の保証や既得財産を失う災厄以外の何ものでもないけれど、ごく少数の人にとっては、トランプゲーム「大富豪」の「革命」のように、手持ちの手札をリセットする奇跡的な恩恵ともなり得る。この小説は、戦争の中にあって、他の人とは異なる価値観を持ちながら生活した一組の男女を描いたものだ。
この話しには、「続戦争と一人の女」という続きの物語があり、「戦争と一人の女」が、男の視点からの一人称であるのに対し、続編のほうは、まったく同じ時期を女の視点から語ったものとなっていて、さらに複眼的に一つの出来事を見ることが出来るようになっていて、それがさらに面白い。
【青空文庫】
「戦争と一人の女」
【名言】
夜の空襲はすばらしい。私は戦争が私から色々の楽しいことを奪ったので戦争を憎んでいたが、夜の空襲が始まってから戦争を憎まなくなっていた。戦争の夜の暗さを憎んでいたのに、夜の空襲が始まって後は、その暗さが身にしみてなつかしく自分の身体と一つのような調和を感じていた。
私は然し、夜間爆撃の何が一番すばらしかったかと訊かれると、正直のところは、被害の大きかったのが私の気に入っていたというのが本当の気持ちなのである。照空灯の矢の中にポッカリ浮いた鈍い銀色のB29も美しい。カチカチ光る高射砲、そして高射砲の音の中を泳いでくるB29の爆音。花火のように空にひらいて落ちてくる焼夷弾、けれども、私には地上の広茫たる劫火だけが全心的な満足を与えてくれるのであった。(p.281)
野村は月光の下の私の顔をいとしがって放さなかった。深いみれんが分かった。戦争という否応のない期限づきのおかげで、私達の遊びが、こんなに無邪気で、こんなにアッサリして、みれんが深くて、いとしがっていられるのだということが沁々わかるのであった。(p.293)