ウィキノミクス


ウィキノミクス(ドン・タプスコット/日経BP社)

ウィキペディアに代表されるような、「集合知」を扱った経済活動の変化をテーマにした本。
オープンソースとして成功したLinuxのプロジェクトや、それに積極的に参画したIBMが果たした役割などについて細かく説明されている。
情報のオープン化という戦略は、従来の大企業にとってはなかなか採用しにくい選択肢だと思うのだけれど、この本では、オープン化によって成功を収めたボーイング社やBMW社などの事例が豊富に挙げられていて、とても希望に満ちた将来予測がベースになっている。
この、オープン化という動きは、インターネットによって加速されたものであるし、ソフトウェア開発という分野で特に威力を発揮するものなので、ソフトウェアやネット上のコンテンツ制作をおこなう時の方法論として語られることが多いけれども、実際にはもっと幅広く応用が利く概念で、様々な分野の製造業やサービス業の企業にとっても、参考になるところは非常に多いと思う。
今までは、「集合知」の活用というのは技術的に難しかったが、今後はインターネットを適切に利用することによって、世界中に散らばる無限の知的リソースを組み合わせることが可能になる。これは、ものスゴいポテンシャルを持つ変化だ。
この本の原著は2006年に出ているので、既に過去の話題となってしまっている内容も多いのだけれど、ここで紹介されている「ウィキノミクス」という考え方は、一過性のブームではなく、今後長い間にわたって影響を及ぼすコンセプトであることは間違いないと思う。
何よりも、フィクションではなく、実際に今、感度の高い企業がリアルタイムでおこなっていることが紹介されているというのが、たまらなく面白い。かなりワクワクする話しが満載の本だった。
【名言】
テクノラティのセリックは次のように指摘する。「結局、時間が限られていること、もっとはっきり言えば、創造力が限られていることが問題なのです。どれほど頭が良くても、どれほど熱心に働いても、立ち上げたばかりの会社にいる3人や4人では、あるいは会社がもう少し大きくなって30人程度でも、ひねりだせるアイデアにはかぎりがあります」このことを新世代のウェブ新興企業は、オープンソース・ソフトウェアのコミュニティから学んだ。社内の人材よりもすぐれた人が社外にいるのだ。APIを公開すると実験を低リスクで行える環境が生まれ、そのプラットフォームで何かを開発したいと思う人、だれもが自由に開発を行えるようになる。本当に価値のある何かを作れるだけのスキルと洞察力をもつ人が100万人単位で存在する可能性があるとセリックは言う。(p.73)
ピアプロダクションは、人のスキルと独創力、知力を従来企業以上の効率で効果的に活用できる新しい生産モデルとして注目を集めつつある。ピアプロダクションに対して企業各社がどのような姿勢で臨むかにより、その業界の未来が決まり、その生存可能性さえも左右される。(p.106)
なぜ、人々が無償でウィキペディア作成のピアプロダクションに参加するのか、その理由がわからない人もいるだろう。ウェールズは肩をすくめる。「なんでみんな、ソフトボールをするんだい?楽しいからだろ?人とかかわる活動だからだろ?」(p.116)
IBMは、オープンソース・コミュニティへの参加の常として、受け入れられる可能性が最も高いのは、だれかがやらなければならないが、だれもやりたがらない仕事を引き受けることだと判断する。(p.129)
IBMのジョエル・コーリーはリナックスなどの共有インフラストラクチャーに貢献したが、だからといって差別化する価値を得るチャンスが減ったということはなく、逆に、そのチャンスは増えたという。価値の創造というものをどう考えるか次第なのだ。「戦略実行時、本当の価値の源泉を見失うと混乱します。新しい価値を生み続けていれば、その価値を収穫するチャンスはあるものです。」(p.150)
19世紀後半に活躍した化学者・細菌学者、ルイ・パスツールの有名な言葉に「チャンスは備えあるところに訪れる」がある。同じことがイノベーションにも言える。企業は、日々、難しい課題に直面するが、世界のどこかには、その課題を解決できる知識と経験をもつ備えがある人材がいる。問題は、ことわざにある干し草のなかの針のように、そのような人物は見つけにくい点だ。(p.158)