『汝、星のごとく』遠くから見ると美しく、近くから見ると色褪せた町


(凪良ゆう/講談社)

本屋大賞を受賞した作品というだけあって、とても完成度が高く、文章も美しい。

ただ、自分はあまりこの小説には感銘を受けなかった。

一番大きな違和感を感じたのは、暁海が櫂のところに強引に戻ったのは、櫂が重い病を患ったからだというところ。
櫂がガンにならなかったか、暁海が櫂の病気について知らないままだったら、暁海はそのまま櫂とは無縁の生活を続けていただろう。

結局、暁海が一度櫂と別れた理由は、自分の中に潜んでいる、立場が対等な関係になれていないというコンプレックスに耐えられなくなったからだと思う。
その後ずっと経ったあとに、唐突にまた櫂のもとに現れるというのは、今なら確実に自分のほうが立場が上で、マウントをとることができるからだという、過去の鬱憤を清算するための、自分本位なやり方に思える。

それはそれで、人の気持ちの複雑さを表したリアルな姿かもしれないけれど、清々しい感動的な物語としては読めなかった。

この小説が高い評価を受けたのは、メッセージとして含まれている、「周りの目なんか気にしないで、あなたは自分の好きなように生きてもいいんだよ」という部分に多くの人が共感をしたからじゃないかと思う。

ただ、ヤングケアラーのような立場の子が、「自分な好きなように生きていいし、その権利がある」と言われたからといって、じゃあそんなことが実際できるのかといえば、それは難しいだろう。

成人してからは、それはもちろん、自分の好きなように生きればいいけれど、北原先生の生き方はまったく魅力的に見えなかった。

相互扶助的な契約としての結婚をすることに何の楽しさがあるのか。それは、世間体の面でメリットがあるのはわかるけれど、そういうやり方が、常識にとらわれずに自由に生きるということだとは思えない。

登場人物のセリフには、結構いろいろと、いい言葉があった。
櫂の京都弁もいい味を出しているし、文章やセリフが、とても美しい小説だった。

名言

瞳子さんは特別美人ではない。
顔だけならお母さんの方が愛嬌があってかわいいかもしれない。それにお母さんよりも年上だ。でも凛としている。それは美人とか、色っぽいとか、若さとかよりもずっと長持ちする上等な品物のようだ。(p.35)

瞳子さんはわたしに向き合った。
「東京に行きたいなら行きなさい。学費と仕送りはわたしたちがちゃんとする」
「瞳子さんからはもらえません」
「どうして?」
「お母さんが許してくれません」
「お母さんは関係ない。今は暁海ちゃんの人生の話をしてる」
「・・・でも」
「暁海ちゃんは好きに生きていいの」
「そんなの自分勝手です。許されない」
「誰が許さないの?」
間髪いれず問い返されて答えに詰まった。
「自分の人生を生きることを、他の誰かに許されたいの?」
島のみんな。世間の目。でもその人たちに許されたとして、私は一体--。
「誰かに遠慮して大事なことを諦めたら、あとで後悔するかもしれないわよ。そのとき、その誰かのせいにしてしまうかもしれない。でもわたしの経験からすると、誰のせいにしても納得できないし救われないの。誰もあなたの人生の責任を取ってくれない。」(p.75 暁海17歳夏)

「それは、瞳子さんが選ばれたほうやから言えることなんちゃう?」
俺の非難も瞳子さんは正面から受け止めた。
「わたしも死にきれずにのたうち回ったことがある。お願いだからもう死なせてって思うぐらい苦しかったけど、櫂くんだったらどうしてほしい?」
「俺だったら?」
「あとでもっと苦しくなるのに、ひとときだけでも優しくされたい?」
返す言葉がない。しかし納得はできない。
「瞳子さんの言うてるのは正論やん。いっつも正しい強い人間なんかおらんよ。あかんってわかってても、そっち行ってまうことがあるやん。人間はそない単純やない」
「きみのそれは優しさじゃない。弱さよ」(p.93 櫂17歳夏)

部屋を出る前に海が一望できる窓辺へと近づいた。
櫂と別れたら、このホテルに泊まることもない。せっかくのオーシャンビューを、最後にもう一度見ようと思った。
昨日は夜に塗りつぶされていた世界が、今はうっすら明るくその姿を見せている。
まだ昇りきらない太陽の気配が水平線をオレンジに染めている。穏やかな海の向こうに島影が見える。夢のように美しい景色だ。こうして遠くから眺めているだけならば。
わたしは今からあそこに帰る。
あの島は夢ではなく、わたしの現実だ。(p.160 暁海25歳夏)

手ぶらで生まれる子供と、両手に荷物をぶらさげて生まれる子供がいる。
自分を助けてくれる親か、自分の足を引っ張る親か。自分は免れていても、尚人のようにパートナーが荷物を持っていることもある。
できるなら、みな身軽で生きていきたい。(p.176 櫂25歳秋)

人生は障害物競走に似ている。ひとつクリアしてもまたすぐ次が現れ、クリアしきれないまま死ぬんだろうなあと空を見上げると、日の暮れた西の空にぽつりと星が浮かんでいた。
--ああ、夕星。
昼と夜のあわいの中で瞬く星に一日の終わりを重ねて惜しむのか、もうすぐ訪れる夜を待ち遠しく思うのか。たった一粒の星ですら見方が違う。(p.329 暁海32歳夏)