星々の舟


星々の舟(村山由佳/文芸春秋)

6本の短編集でありながら、それ全体で一つの作品になっているという作りの小説。こういう、世界の重層さや多面性を感じさせる構成は好きだ。
或る一つの家庭にスポットをあてて、その一人一人の視点から、主人公がバトンを渡していくような形で物語が展開していくというもので、その、「家族」という一本の軸がすべての短編を貫いているという構造が、すごく良かった。
しかし、お互いに血のつながりはあったとしても、こんなにも人と人とは違ってしまうのかと思わせるほどに、それぞれの短編では、テーマも雰囲気もまったく異なったものだった。
舞台の中心になっているのは「家」ではない。それぞれが、違った性格と価値観を持ちながら、それぞれの人生を生きていて、ほんの束の間、その原点というべき「家」に立ち返る、というような割合になっていて、そしてどの話しも、なんだかとても哀しみに満ちている。
ただ一つ、5話目(「雲の澪」)だけは要らなかったような気もするのだけれど、それ以外の5本は、順番といい、配役といい、非の打ちどころがない。一つの短編の中ではよくわからなかった部分が、短編が積み重なって、互いに補完し合うような形で深みを増していくという、とても素晴らしい構成の作品だった。
【名言】
目を開け、人形の顔を灯りにかざした。
美しいものならいくらも見てきたつもりでいたが、こんなに哀しく澄んだものに出会ったのは初めてのような気がした。首の切り口は深くくぼんでいて、中に母親の灰が詰まっているのが見えた。そっと息を吹きかけただけで、はらりと舞う。ゆっくり落ちてくるところを吹くと、再び舞い上がる。闇と薄明かりの間を漂うさまが、まるで雪虫のようだ。(p.74)
待つから、いけないのだ。一人暮らしなんて名ばかりで、一人で過ごす時間のすべたは彼を待つことにあてられている。この部屋は、モデルハウスとちっとも変わらない。いつ来るかわからないお客を待つためだけに調えられた、主のいない、空っぽの家だ。(p.124)
こういうことだったのか、と苦笑がもれた。彼には守るべきものがあり、私にはない。そして私は、彼が守るべきものの中に含まれていない。(p.132)
「謝るべき相手が、そこにいてくれるお前は恵まれてる。おれなんか、見てもろ。謝りたいと思う相手はもう、みんなあの世だ。どんなに手をついて、這いつくばったって謝りたいことがあろうが、もう、永久に間に合わん。死んだばあさんや、前の女房だけじゃない、あの時おれが・・」
ふっと、黙り込んだ。たぐる糸が途中で切れたかのようだ。(p.338)
重之は、畳の目を見つめた。熱くなった聡美が無意識に口にした最後の言葉に、否応なく、残り時間の少なさを思わされる。
そう・・それはもう、あまりに少ない。落ちていく砂粒が目に見えるようだ。(p.392)
(お前はそれでいいのか。本当にそれで、幸せなのか)
--聞いて、どうなるというのだ。
「いや」と、重之は言った。「何でもない」
沙恵の、張りつめた横顔を盗み見る。青白い頬に微笑を浮かべた彼女は、自分の娘とも思えぬほどにうつくしかった。
--幸福とは呼べぬ幸せも、あるのかもしれない。
そっと手をのばし、花の向きを直した。
--叶う恋ばかりが恋ではないように、みごと花と散ることもかなわず、ただ老いさらばえて枯れてゆくだけの人生にも、意味はあるのかもしれない。何か・・こうしてまだ残されているなりの意味が。(p.426)