哲学と科学


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哲学と科学(澤瀉久敬/日本放送出版協会)

NHK教養大学の講座として、ラジオで放送された内容を元に書かれた本。
もともと、講義の形をとったものなので、授業のように、読者に向かって語りかける文体で書かれている。重要な部分は繰り返し、懇切丁寧に説明がされていて、とてもわかりやすい内容になっている。
哲学と科学という2つの方法は、ある意味では真逆のアプローチをするものであり、科学が分析によって現象を知ろうとするのに対し、哲学は分析をせずに全体から本質を知ろうとする。
その他に、相反する性質を持つ点としては、
・科学は実験を重視するのに対して、哲学は直観を重視する。
・科学が外から見るのに対して、哲学は内から観る。
・科学が空間を扱うのに対して、哲学は時間を扱う。
などがあり、この本が面白いのは、「どちらか片方だけでは不完全で、2つの方法がお互いを補完して、初めて人の役に立つ学問となり得る」と主張しているところだ。
この筆者の語る言葉はとても詩的で、単に「哲学と科学」それぞれの方法を説明するにとどまらず、人の為す学問というものがいかに崇高なものであるかということを訴える熱意が、とてもよく伝わってくる。
もし、大学時代にこの人の講義を聞いたとしたら、きっと自分は、その授業をとても好きになっただろうと思う。
【名言】
哲学というものはひとに見てもらうためにするものではありません。ひとからほめて貰うためにするものでもありません。いい成績を取るために哲学を勉強したり、他人から認められるために論文を書いたり、知らぬことを知った振りをするために哲学を勉強するほど、哲学にとって外道はありません。一言にして言えば、「衒う」ということが哲学の最大の敵なのです。哲学はただ自分一人のためにするものです。あるいはただほんとうのものを知るために、ひとは哲学するのです。(p.13)
一体、哲学は万人の学です。哲学するためには地位も要らず、肩書きも要りません。またそれをする人の職業も問わず、男女の性も問題ではありません。哲学は裸一貫の学問です。しかし、このように哲学が万人の学であるということは誰にでも容易に出来るということではありません。哲学するためには、いかなる問題に対してもあくまで闘い抜く強靭な精神が必要なのです。(p.18)
哲学というものはフランスのモラリスト達の得意とするような哲学的警句に終わってはならないのです。哲学はどこまでも論理的な体系をもたねばなりません。この点日本人は、一般的に言って、モラリスト的な哲学的警句つまり気のきいた言葉をよろこんで、体系化された哲学を嫌い、したがってまた、体系化への努力を欠きやすいのですが、これは改められねばならぬことだと思います。(p.66)

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