東京島


東京島(桐野夏生/新潮社)

与那国島のさらに先にある無人島に漂着した31人の男性と1人の女性のサバイバル生活、というむちゃくちゃな設定で、戦時中に起きた「アナタハン島事件」がモチーフになっているらしい。
なにしろ桐野夏生が書いているものなので、それが現代風にアレンジされて、とんでもなく陰鬱な話しになっている。
メンバーのほとんどは、与那国島でのアルバイトがツラくて逃げてきた途中で漂流したという若者ばかりで、無人島の中は、原始時代よりもタチの悪い、無法地帯と化してしまう。この弱肉強食の世界では、力の無い者や、心の弱い者、隙を見せた者から先に命を落としていく。
登場人物一人一人の、無人島に漂着する以前のプロフィールや、キャラクター設定の細かさが、またスゴい。文明社会では、生きる上でプラスに(あるいはマイナスに)働いていた個人の資質は、無人島での生活では果たして有用なのか、無用なのか。
無人島に着く前の生活水準が低いほど、島での生活にもスムーズに順応しやすいという逆転現象が起こるし、他の点でも、現代社会では役に立たなかった能力がサバイバル生活では優位に働くということが起こりえる。
大きな失意と小さな希望を抱えながら一日一日を生き延びていくうち、それぞれの個性は島に順応して、様々な変化を見せるようになる。他人を支配しようとする者、強い者に従おうとする者、宗教に走る者、発狂する者、島にとり憑かれたイスロマニアとなって島と同化しようとする者。
面白いのは、島の環境が、生存出来ないほどに過酷なわけではなく、最低限必要な程度の栄養源は確保が出来るというところだ。だから、ごく些細な文化的余裕が育つ余地もあるし、それゆえに、社会的な生物にしか起こらない派閥争いのようなものも生まれる。
無人島生活という設定は、普通、実生活とあまりにもかけ離れていて現実味が感じられないものだけれど、この作品では、食生活と日々の暮らし方について、やたら具体的に書かれているので、リアリティーがある。
実際に自分がここで暮らしていたらどうだろう?ということを想像しながら、かなり考えさせられる本だった。
【名言】
アタマは言葉と裏腹に明るい表情で言った。言語と表情が食い違うことを、ワタナベは奇異に思った。人間世界の複雑さをしばらくぶりに思い知った気がして、珍しく気分が沈むのだった。(p.112)
当時は、してやられたとばかりに、トウキョウ中に激しい怒りが沸騰していたものだが、自然消滅したらしい。いかにも、飽きやすいトウキョウらしかった。いや、相手が弱っている時にだけ膨張する、暴力の衝動だったのだろう。ということは、この島で弱さを見せてはいけないのだ。清子は急に用心深くなって、また決意を新たにした。(p.131)
俊夫にとって、逆鉾団地はひとつの国、それも天国だった。団地内に、ないものはなかった。小学校、中学校、交番、八百屋、肉屋、出張所、郵便局、パン屋、クリーニング屋、本屋を兼ねた文房具屋(後に貸しビデオ屋も兼ねた)、生活雑貨店(後に百円ショップになった)、蕎麦屋、ラーメン屋、鮨屋、遊び場。十年前には、似非マクドナルドも出来た。団地には、スターハウスに住める貴族もいれば、賃貸棟に暮らす庶民もいるし、単身者棟には、やもめ老人や、司書を引退した独身老女、学生もいた。あそこでは、誰もが満ち足りて暮らしていた。選択する必要がないからだった。逆鉾団地に住んでいる限り、生きるための迷いなんてひとつもない。そして、自分たちのような問題のある家族でさえも、団地ではひとつの役割を果たしていたはずだ。(p.142)
ワタナベはゆっくりと首を振った。他には誰もいない、という最大にして、犯罪的な嘘だった。内心は、これでとうとうトウキョウにもホンコンにも勝った、と誇らしくてならなかった。船が動く気配がした。離れろ、早く遠くへ行け、俺だけを乗せて。トウキョウ島から離れろ。海流を越えろ。ワタナベは強く念じた。(p.193)
母親の方は、ひたすらバランスを大切にして、自分が傷ついたことを誤魔化していた。曰く、夫が出て行ったのは衝撃だけど、自分はライターの仕事ができるようになってよかった。やっちゃんが父親を失ったのは可哀相だけど、父親について考えるきっかけができたのはよかった。とにも角にも、感情の収支のバランスさえ保たれていればいいのだった。それは、ポジティブ・シンキングの一種ではあったが、開き直りと取れることもあり、始終言われると、正直うざくはあった。でも、確かに便利な理論だった。自分の盗癖も、このバランスシートで考えれば、見事に解決するのだった。(p.251)

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