THE MASK CLUB


THE MASK CLUB(村上龍/メディアファクトリー)

異様な迫力をもった作品だと思った。
いきなり、「わたしは死人だ」という衝撃的な書き出しで始まる。それは比喩ではなく、本当にこの小説は死人の目から見える世界が語られている。村上龍という作家は、そういうとんでもないことを平然とやってのけて、その異世界の中に強引に引きずり込んでしまうのだ。こんな荒唐無稽な書き方をして、作品として成立させてしまうというのは、尋常な筆力ではない。
舞台となっているマンションの一室は、この世の理が通用しない、トワイライトゾーンのような場所だ。そこでは物質的なものは何の価値も持たない。
もちろん、その死後の世界は想像であることには違いないけれども、そういうものなんだろうという納得させる力が、この文章にはある。書くにあたって、一つの題材についてものすごく勉強をしているんだろうなあと思う。その、テーマについての正確な描写が、そのまま説得力となる。圧倒的な、怖ろしいまでのリアリティーを持っている作品だった。
【名言】
もう死んでしまっているのだからこれ以上悪いことは起きないだろうと思うかも知れないが、それは間違いだ。良いことには限度があるが、悪いことにはない。だから、おれの名前はテツオだがお前は名前を持ってはいけない、お前はまだ知らないだろうが、名前を持つというのは強烈な欲求だ。いつかお前は名前を持ちたいと思うときが来るはずだ。だがそのときも決して名前を持ってはいけない。(p.41)
幼い子どもが幸福だとは限らない。実は子どもの頃は誰もが神経症的なのだと心理学の本で読んだことがある。子どもは外界とのずれの中で、しだいにあきらめを学ぶ。赤ん坊の容姿にはそれほど差がない。子どもから大人になる過程で、生きていくための選択肢が減る。どんなに頭脳と才能と容姿に恵まれた子どもでもそれは同じだ。何かを選ぶということは何かをあきらめるということでもある。(p.144)