経験を盗め


経験を盗め(糸井重里/中央公論新社)

全部で18種類のテーマについて、そのテーマについての専門家を二人呼び、糸井重里氏が進行役として、三人であれこれと語り合うという形式の鼎談集。
語り手がその道の非常なプロでありながら、聞き手が素人という立場から進行していくので、話しの内容が非常にわかりやすくなって、とても柔らかく解きほぐされた状態で読者に提供されるという塩梅になっている。
しかも、一人は学者的に体系立てて語れる人で、もう一人は、そのジャンルと微妙にかぶっている程度の、また別の角度からの視点、という組合せになっている対談が多くて、その絡み合わせ方も面白かった。
そのテーマは雑多でバラエティーに富んでいて、一冊の本の中にこれだけ様々なジャンルが詰め込まれている本というのも珍しいと思う。
特に好きだったテーマは、「旅のお話」と「墓のお話」と「祭りのお話」。
テレビによく出ているような、いわゆるタレント的な著名人を呼んでいるわけではなく、本当に、その道について一家言ある地道なプロに話しを聞いているという、この企画が素晴らしい。
本のタイトルにあるように、そこで語られている内容や思想が、そのまま自分自身の経験となるような、密度の濃い話しが多かった。
【名言】
僕は砂漠のど真ん中やジャングルの中にひとりでいるとき、何がいちばん怖いかといったら、夜、何かコソッと物音がして、もしかしたらそれは人間ではないかと思うときなんです。人は人を頼って生きている。と同時に人がいちばん恐ろしい。これが人間ってものなんですね。(西江雅之)(p.43)
よく外国のナントカ村というものを紹介した本があって、読むとおもしろかったりするでしょう。だけど僕が子どもの頃に気づいたのは、その村がおもしろいんじゃなくて、じつは書いた人がおもしろいんだと。その人はナントカ村をおもしろがれる力があるんです。そう考えると、世界中どこでもおもしろい。(西江雅之)(p.44)
子どもがたくさんものを記憶しているように見えるのは、白紙の状態に墨を落とすようなものだからです。大人はすでに墨だらけのところに墨を落とすので、実際には、同じ量の情報が入ってきているのだと思いますよ。(池谷裕二)(p.61)
あるとき、女の子からこんな電話がありました。「金魚が死んだけど、お母さんが箸でつまんでポリバケツに捨てなさいって」と言ったきり、ずっと黙ってる。聞くと、毎朝起きたらすぐに水槽に見にいっていた金魚が、その朝死んでいた。お母さんは朝の支度で忙しいし、死んだ生魚の処理としては、生ゴミと一緒に捨てるのが適切だと思ったんでしょう。お母さんに悪気はなかったと思うんです。ところが子どもは、死んじゃった金魚がかわいそうなんだ、すごく悲しい。
その子は金魚を捨てることもできず、悶々として夕方の四時まで待って、電話してきたんです。それで、「きみは宝物を入れるような小さい箱を持ってないかい?」その箱に白い脱脂綿を敷いて金魚を寝かし、箱を公園の片隅にでも埋めてやるといいよ」と言ったら、その子は、「わかった」と答えたかと思うと、すぐにガチャンと電話を切っちゃった。僕は「ありがとう」なんていう言葉はどうでもいい。今やれることが決まって、その子は多分、急いで箱を探しにいったんだと思う。そして、これであの金魚をポリバケツに捨てなくてすむんだと、すごくほっとしたんじゃないかな。(杉浦宏)(p.97)
シングルに対応するものはダブルじゃなくて、世間並みの結婚というやつでね。自分たちの結婚をすればいいんだけど、みんな、それができないから世間並みのノウハウに合わせて、自分たちの結婚じゃないものをしてるわけでさ。それは単なる能なしだよ。結婚ってさ、好きな人と生活することでしょう。だけど、相手のことをあまり好きじゃないまま、見切り発車みたいに結婚しちゃった、というパターンが多いんだろうな。(橋本治)(p.169)
古本屋のオヤジは無愛想だっていわれるでしょう。あれ、話しかけちゃイカンのです。学校の先生がやわらかい本を帳場に出したとき、「いい本をお読みで」なんて声をかけると、お客さんは立場ないですから。(出久根達郎)(p.223)
ピーコさんとごはんを食べに行ったら、「これ、ソースいらないから、ちょっと替えてきて」とか、店の人にいろいろ注文つけるの。そして、「ゴメンなさいね、あたし、オカマだから」(笑)。もう利用しまくって、ありゃ無敵ですよ。(糸井重里)(p.258)
まあともかく、祭りというのは、そんなことやっていいんかというのと隣り合わせのものじゃないとダメですね。(糸井重里)(p.330)