不倫と南米


不倫と南米(吉本ばなな/幻冬舎)

短編集で、タイトルの通り、すべての話しが南米を舞台にして、「不倫」が何らかの形で姿を表す小説ばかりになっている。南米といっても、登場するのはアルゼンチンのみで、作者が実際にアルゼンチンに滞在した時に行った場所や見たものをベースにしているらしい。
話しとあわせて、写真も載せられていて、イグアスの滝が出てくる「窓の外」は、情景が想像出来て面白かった。短い作品ばかりなので、ストーリーはとてもシンプルだけれども、共感出来る、響く言葉がいくつもあった。
【名言】
父と母は新婚旅行でやはりここに来たという。その時も父はギターを買った。母は、ひとつひとつの試し弾きに耳を傾け、根気よく父の買い物につきあった、と父は言った。そして、お母さんは、あるひとつのギターを指差して、あなたの音はこれ、と言ったんだ、それがうちにあるこのギターだよ。お母さんにはそういうミステリアスなところがあって、そこにすっかりやられてしまったんだね、俺は・・と父はのろけたものだった。「小さな闇」(p.71)
私はこの人たちの子供でもあり、親でもあるのだと思った。この人たちが人生に置いてきてしまったなにかをこれからも生活の中でわかちあっていくのだと思った。そして具体的には夫に大判焼きを買って帰った。それもまた、お土産用に別におねえさんにも包んであげた。大切なのは食欲ではなくて、気にかける気持ちだった。そういうものを生活から失うと、人はどんどん貪欲になってしまうのだ。「プラタナス」(p.100)
解釈は本人の仕事だ。私はただ、その白い手をとり、頭をなでてあげたかった。それだけでよかった。私の気が済んだだろう。夜中の病院でひとりだと感じさせてしまったことが、仕方ないと知りながらも悔しく思えた。次に会ったら、絶対にもう慰めも過去のこととなっている、いつもの二人だ。話題にも出ないだろう。わかっていた。今悲しいのなら、今、そこにいなくては意味はない。「日時計」(p.135)
私は真っ赤な夕日がおどろおどろしいほどに濃い色で盛り上がっているジャングルに沈んでいくのを見ていた。信じられないほどの赤やピンクの光、雲に反射してめくるめく光景を繰り広げる世界。決して飽きることなく、毎日世界は展開していく、これを限りある回数しか見ることができない自分の生命のはかなさを呪った。そのくらい、それらは息を飲むほど美しかった。「窓の外」(p.174)