『素数に憑かれた人たち』リーマン予想という難問に挑んだ数学者たちの物語


『素数に憑かれた人たち』(John Derbyshire/日経BP)

素数について書かれた本ではあるけれども、主題としては、リーマン予想の証明の歴史を中心として語られた物語。

偶数章と奇数章で内容が分かれていて、数学者の伝記的なパートと、数学の専門的な解説があるパートが、交互に登場する構成になっている。

最初のほうは、数学的な内容もシンプルだったのだけれど、後のほうになるほどに内容が専門化していって、本丸であるリーマン予想の解説以降になってからは話についていけなくなった。

リーマン予想とは、「ゼータ関数の非自明な零点の実数部は全て1/2である」という、言葉にすると単純な命題なのだけれど、これを証明しようとすると極端に難しいらしい。

それでも、伝記のパートについては、様々な数学者のリーマン予想へのアプローチや、ツールとしての数学そのものの発展の様子がわかって面白かった。

一見まったく関係なさそうな、統計的な量子物理学の挙動が、リーマン予想の素数分布と驚くほどの一致を見せるところなど、かなり神秘的で興味を惹かれる。
長年にわたって多くの数学者を魅了してきたテーマであるのもわかる。

筆者は、本職の数学者ではなく、システムアナリストの出身のようなので、その分、だいぶわかりやすく説明をしようとはしているのだろうけれども、それでも高等数学は難しい。
しかし、その壁の高さを知っただけでも、リーマン予想という難問の孤高さが垣間見えた気がする。

名言

「関数」は数学全体の中で最重要の概念の一つで、「数」の次、もしかすると「集合」に次ぐ、2番めか3番めに重要なものだと私は思う。(p.60)

オイラーは13年間我慢し、研究に没頭して宮廷やそこで渦巻く陰謀は寄せつけなかった。「普通の賢慮があれば、勤勉という破ることのできない習慣に向かうしかない」と、E・T・ベルは書いている。またそれは、オイラーの驚くべき生産性を、他の何よりもよく説明していると思われる。今でも完全な形の著作集は完成していない。今のところ数学に関するものが29巻、力学と天文学に関するものが31巻、物理学に関するものが13巻、書簡が8巻に及んでいる。(p.85)

ある数を正確に表したものを指す数学の専門用語が「閉じた形」である。ただ数字を並べただけの近似値は、どんなにそれがいい近似でも「開いた形」である。1.6449340688…は開いた形である。三つ並んだ点々が、この数は右側の答えが未確定で、望むなら、さらに何桁かでも計算する余地があることを教えている。(p.92)

数学的思考は、人間の思考と言語の流れに反している。基本的な算数にもそれは言える。
ホワイトヘッドとラッセルは『数学原理』という本の序文にこう記している。
本書の概念が非常に抽象的で単純であることは、言語の比ではない。言語は複雑な観念をもっと簡単に表せる。「鯨は大きい」という命題は、言語のいちばんいい代表で、複雑な事実に簡潔な表現を与えている。ところが「1は数である」とは、分析としては正しくても、言語においては許容できない冗長となる。
(二人は冗談を言っているのではない。『数学原理』は、1を定義するために345頁も要している。)(p.120)

実は、算術には特異な性格がある。問題を言い表すのは簡単だが、証明するのは恐ろしいほど難しいということである。クリスチャン・ゴールドバッハがその有名な予想を出したのは1742年のことである。2より大きな偶数はすべて二つの素数の和として表されるという予想である。その後、地球でも最高の頭脳の持ち主たちが何人か、この簡単な説を証明または反証しようとして失敗している。
算術にはこの種の予想が無数にある。証明されたものもあるが、たいていはまだ未解決である。(p.121)

19世紀にドイツが台頭したことには、別の、もっと小さな理由があったことも加えるべきだろう。ガウスがいたのである。その名は1800年用に作った名簿に出てくる唯一のドイツ人の名である。しかし、数がいればいいというものではない。ガウス一人で並の数学者10人分に相当した。(p.125)

1933年、リトルウッドの学生だったサミュエル・スキューズが、リーマン予想が正しければ交点はeのe乗のe乗のe乗の79乗以前にならなければならないことを示した。「10の1兆乗の1兆乗のさらに100億乗」桁ほどの数である。数そのものではない。桁数である(比較のために言うと、宇宙にある原子の数は、80桁程度と考えられている)。このものすごい数は、「スキューズ数」と呼ばれて有名になった。これまで数学の証明から自然に現れてきた数の中で最大の数である。(p.280)

ガウス分布的にランダムな数によるエルミート行列が、一定の量子力学系のふるまいのモデルを作るためにぴったりの切符であることがわかった。とくにその固有値は、実験で観測されるエネルギー準位に見事に合致する。したがってこの固有値、つまりランダム・エルミート行列の固有値は、1960年代を通じて集中的な研究の対象になった。(p.333)

純粋な数論が原子より小さな世界の物理学に関係するというのは意外なことではない。量子物理学は古典物理学よりも算術的要素が強い。何せ、物量とエネルギーが無限に分割できないという考え方に依拠しているのだ。量子が1と1/2個だとかπ個だとかはない。(p.364)