檀(沢木耕太郎/新潮社)
これは、とても面白い本だった。
檀一雄の妻である、檀ヨソ子の一人称の視点から語られているのだけれど、実際に本人が書いているわけではなく、ヨソ子氏への詳細なインタビューをもとに、沢木耕太郎氏が物語調にアレンジをして書き上げた形になっている。
もともと、檀一雄の代表作である「火宅の人」という小説自体が、事実と創作とを絶妙な割合で組み合わせた、何に分類するべきともつかない、ぬえ的な小説だった。
この「檀」という作品も、実際に起こった出来事をもとにして作られていながら、そこには、まったくの第三者の目から、檀という作家の家族の姿を解体して、そこに潜んでいた意味を掘り起こそうという意図が含まれている。
同じく、インタビューをもとに書き起こされたドキュメンタリーである「凍」を読んだ時にも感じたことだけれども、沢木耕太郎という人は、その聞き込む対象と決めた人物と、細かい部分に至るまで感覚を共有するところまでインタビューを繰り返して、その事を、自分自身の体験のように感じながら、小説を書いているのだろうと思う。
このスタイルは、ゴーストライターが著名人本人の代わりとなって自伝的小説を書いているような形とは根本的に異なっている。素材そのものの姿を伝えればいいのではなく、素材を理解して、更に本質的な部分を取り出して編集するという、高度な技術の上に成立している作品なのだと思う。熟練の匠の、見事な技を見るような思いで、この本を読んだ。