城(フランツ・カフカ/新潮社)

文化も習慣も特殊な、右も左もよくわからない村に滞在するはめになりながら、主人公K(カー)が最初っからかなり馴染んでいる風の態度なことに驚いた。こんな意味わからない場所に一人で放り込まれたら、萎縮するのが普通だろう。
「城」を頂点とした、官僚機構を体現したような村にあって、その組織のどこにも所属しないというのは、ものすごく心もとない立場であるはずなのだけれど、Kは、まったく動じずにあらゆる人々に正面から口論をふっかけるし、偉い役人相手だろうが遠慮というものをしない。
村について数日も経たないうちに酒場の女をつかまえて妻帯までするというしたたかさで、この、アウトローというポジションでの図々しいまでの精神的なタフさは、ある種ハードボイルドっぽいカッコよさだと思う。
それに対する村人たちの、歯に衣着せぬ物言いや、風当たりの強さにも、また並外れたものがあるのだけれども。
「未完の長編」という時点で、読み始めるまでのハードルが高かった。
「これだけ長い物語を読んだ末にオチなしっていうのは勘弁してくれよ・・」と思いながら読んでいたら、見事なまでにオチなしだった。
逆に考えると、これだけ山場もオチもない小説にもかかわらず、名作として世に残っているというのもスゴいことだと思う。
せめてもうちょっと区切りがいいところまで書き進めていて欲しいと思ったけれど、書き続けられない事情があったんだろうから仕方ない。
そもそも、カフカは自分の死後は原稿をすべて焼き捨てるように指示していたらしいのに、こうして出版されてしまっていることを知ったら、カフカ本人こそ恥じ入るか、憤慨するんじゃないだろうか。
クラムという人物が、あれだけ色々な場面で人々に語られているにもかかわらず、結局、当人はまったく登場しなかったという正体不明っぷりも度を越している。
一般的には、「城」とはいったい何なのか、という文学的解釈が焦点になるのだろうけれど、全然そこには興味がいかず、ただただ、主人公Kの無頼っぷりが面白い小説だった。
【名言】
自分でも完全には納得しかねる話なのだが、Kは、城のほかの人たちにたいしてよりもクラムにたいしては自由に振る舞えないような感じがした。この宿屋でクラムに見つかっても、亭主が言ったような意味では怖ろしいとはおもわなかったが、それでも、やりきれないほどいやな感じがした。言ってみれば、恩義を受けた相手にひどい仕打ちでもするような気持ちだった。それと同時に、こうしてくよくよ気に病んでいること自体がすでに自分が下級の身であり、労働者でしかないということのおぞましい結果であり、そのいやな結果がこんなにはっきりとあらわれたいまでさえそれに手も足も出せないのだとおもうと、気がおもくめいるのであった。(p.74)
Kは、学童用の長椅子に腰をかけて、彼女の疲れきったような動作をながめていた。彼女の特徴のない肢体を美しく見せていたのは、いつもみずみずしさと毅然とした態度であったが、いまは、その美しさもなくなっていた。Kと同棲生活をはじめてからまだ何日にもならないのに、これほどにやつれてしまったのである。酒場での仕事は、そうらくなものではなかったであろうが、どうやらそのほうがフリーダには適していたのかもしれない。それとも、クラムとの縁が切れたことが、こんなにやつれてしまったことのほんとうの原因なのであろうか。クラムの近くにいたころは、あれほど魅惑的に見えた。Kは、その魅惑に負けて、力ずくで奪いさらったのだが、その彼女が、いまはKの腕のなかでしおれていくのだ。(p.274)
「きみがだまされたなどと不平をこぼしているかぎりは、きみと気ごころを通じあうことはできないね。きみがだまされたとたえず言いはっているのは、そう言っておくと、自分でも悪い気持ちがしないし、ほろりとさせられるからにほかならないのだよ。しかし、ほんとうのことを言うと、きみは、この地位に不適なのだ。きみの意見によると、ぼくはまるでなにも知らない人間だそうだが、そのぼくにさえわかるくらいだから、きみが不適だということは、火を見るよりも明白なことにちがいない。きみは、気だてのよい娘さんだ、ペーピー、しかし、それがなかなかわかってもらいにくいんだ。たとえば、このぼくにしても、最初はきみを残酷で高慢ちきな娘だとおもった。ところが、きみは、そんな娘じゃない。ただ、この地位がきみの頭を混乱させているだけなのさ。それというのも、きみがこの地位に適していないからだ。(p.603)

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