世に棲む日日 3巻


世に棲む日日 3巻(司馬遼太郎/文芸春秋)

この巻では、いよいよ本格的な動乱が始まって、長州藩が幕府からも外国船からもボコボコにやられていく。藩論も、勤王になったり佐幕になったり、日々目まぐるしく変わり続ける。革命期の、もっとも激しい時期と場所を舞台にした巻だ。
アーネスト・サトーを通訳とする四カ国連合軍に、高杉晋作が長州藩の代表として和平交渉に行き、日本書紀や古事記から天地創造の演説をするところは、特によかった。もし、この場に臨んだのが晋作ではなく、保身を考えるただの役人だったら、イギリスの言うがままに彦島は割譲されて香港のようになり、下関は九龍のようになっていた可能性は大きい。
奇兵隊の幹部である山県狂介に、晋作が会いに行くシーンもよかった。議論や説得をしようとせずに、短い言葉を突きつけて、相手から立ちのぼる気の動きだけを見る、というのは任侠映画を見ているような場面だ。
登場人物の中では、井上聞多(馨)と、伊藤俊輔(博文)の、歴史への関わり方というのは、とても面白かった。普通の世であれば、まったく出世の見込みなどなかったこの二人が、たまたま絶妙のタイミングで絶好の場所に居合わせて、晋作と行動を共にするという決心を固めたことによって、歴史の中心へと引き寄せられる流れに乗るというのは、当人たちにもまったく予想出来なかったことだっただろう。
高杉晋作のスゴさというのは、こういう時期にあってもまったく軸がブレずに、遥か先までのビジョンが常に自分の中にあるところだ。何回死んでいてもおかしくない行動ばかりしているけれど、そのぐらい飛びぬけた行動をしているからこそ、逆に、誰もその存在を無視することが出来なくなり、殺されずに、藩からも重用されることになったのかもしれない。
【名言】
(こんな若者だったのか)
と、晋作は近づいてくる徳川家茂の騎馬姿をながめて意外な思いがした。存外、可愛げではないか。
ひとびとはみな土下座し平伏している。が、晋作だけは顔をあげていた。
「いよう。」
と、この男は、花道の役者に大向うから声をかけるように叫んだ。
「征夷大将軍」
といったとき、さすがに連れの山県狂介らも顔色をうしなった。家康以来、天下のぬしに対してこれほどの無礼の挙動をとった男もない。そういう事件も、徳川三百年間、一件もなかった。もしあったとすれば、ただの刑では済まず、鋸挽きの刑にでも処せられたであろう。(p.47)
井上と伊藤は、藩の攘夷をやめさせねば。
と、それだけの理由でイギリスを去ることにきめた。みずからそれを決定した。他の三人の藩学生は、
外国で技術を学ぶべきではないか。
と制止したが、この両人はきかなかった。かれらの留学は中途半端におわった。しかしかれらはそのために日本の歴史に参加することができ、とどまった者は単に西洋仕込みの知識人というだけにおわった。この両グループのその後の人生の道すじは、このときに分岐したのかもしれない。(p.155)
この井上と伊藤とが帰国したときは、まだ幕府から最終回答が出ておらず、しかしながら各国軍艦はすでに薪炭を満載し、戦備をととのえ、いつ命令が出ても横浜港を出港できるよう待機中であった。二人は危機一髪の時期に帰ってきた。すでに劇的であった。歴史が緊張するとき、きわめて高度の劇的状況を現出するものだが、その劇的状況下で劇的そのものの帰り方で帰着したかれらは、当然、英雄たらざるをえない。英雄とはその個人的資質よりも、劇的状況下で劇的役割を演ずる者をいうのである。かれらは本来、無名志士にすぎなかった。しかしこの瞬間から英雄の座へかけのぼるのである。(p.159)
古今東西の革命家のなかで、晋作ほど機略縦横の男もすくないが、これほど権力に淡白な男も、絶無といってよかった。革命であれ乱世における政権奪取であれ、軍隊をにぎらなければ牙のない虎にひとしい。
「高杉という鳥は天を飛翔しているが、梢にとまって巣を作るということをしない」
と、この時代の長州のたれかが言ったことがある。奇兵隊総督という位置を、創設数ヶ月で晋作はかるがると捨てた。その性格上の理由はいくつか考えられるにせよ、一つにはかれは藩における上流者の子で、元来、権力という泥くさいものに執着するところがなかったのであろう。その性癖はこのあとしばしば出る。逆にこの淡白な性癖があればこそ、雷電風雨の発想と行動ができたのかもしれない。(p.247)
夜になって、山県がこっそり二階へあがってきた。
「藩の天地は、俗論が満ちている」
と、晋作は言い、いきなり、
「やるかね」
と、言った。人を説得するにしても、晋作という男は鳥の声ほどの短さでしか言わない。あとは相手の目をじっと見、その精神から立ちのぼる気のうごきを見るだけである。(p.248)
この時期、奇兵隊士は二百人ほどであった。山県は、わずか二百人で、全藩士を向うにまわしてのクーデター戦争が出来るとはおもっていなかった。山県は、そのことを言った。
「なるほど」
晋作は、さからわなかった。かれはその生涯で一度といえども他人を説得したことがない。相手に気がなければそれでしまいさ、とつねにあっさり割り切っている。それに、藩論が佐幕に傾いた以上、いまさら二百人で決起したところでひとびとはついてくるまい、とも思っている。その点、山県と同意見なのである。ただ山県が、
死物狂いでやってみましょう。
と気を動かせれば、その気をひっさらって雲をよび、雷電を鳴動させてみるつもりはあった。が、あきらめた。(p.249)
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