図書館 愛書家の楽園(アルベルト・マングェル)


図書館 愛書家の楽園(アルベルト・マングェル/白水社)

図書館というものについて、その成り立ちや存在意義など、様々な切り口から好き放題に語り続けている本で、図書館というものが持つ魔力が存分に伝わってくる内容だった。
「図書館論」というべき堅い内容もあれば、つらつらと思いを述べただけの閑話的な内容もあり、気が向くままに書き綴ったエッセイを集めたような雑多さがある。
なんといっても驚かされるのが、この著者の、本に対する異様なまでの情熱と、幅広い知識だった。
古代アレキサンドリアから始まって近代ヨーロッパに至るまでの、古今東西の図書館や名著が、作者の頭の中で渾然一体となって、有機的につながっている様がそのまま文章に現れていて、作品同士の思いもよらない関連を知ることが出来た。
良く出来ていると思ったのが、巻末の索引で、これを見れば、この一冊の中にどれだけ多くの作家名が登場しているかということが一目瞭然でわかる。
残念なのは、人名索引と事項索引があるのみで、作品名索引は付けられていないことだった。それが加えられていれば、もっと、タイトルをきっかけにして関連文献に入っていきやすかっただろうと思う。
【名言】
屹立するバベルの塔は、宇宙の統合を求める人類の思いの証である。伝承によれば、バベルの塔の影がどんどん伸びてゆくころ、人類は共通言語をもった一つの世界に暮らし、しっかりと揺るがない足元の大地と同じように、天国が確実に存在することを信じて疑わなかったという。アレクサンドリア図書館(バベルの塔とは違って、確実に存在したという根拠がある)は、それと逆のことを証明しようとした。つまり、この世界は途方にくれるほど多様性に富み、その多様性には隠された秩序が存在するにちがいないということである。(p.25)
先人の学者たちによるテーマ別の分類に従って、デューイは「活字になった人類の知識のすべて」という広範なフィールドを大胆にも十のテーマにグループ分けし、それぞれに百という数を与え、その下にさらに十の下位分野を設けて、限りない発展に対応できるようにした。デューイの十進分類法として知られるようになるこの方法の利点は、原則として、どのテーマでも下位分野を際限なく作れるところである。神自身でさえ、その特性と化身に分けることができ、さらに各々の特性と化身のなかでも、もっと細かい分類ができるのだ。(p.58)
どんな図書館でも、空いた棚はいつまでも空のままではいない。自然と同じく、図書館も空白を嫌うのだ。そして、どんな本のコレクションであれ、その本質として、スペースの問題はつねにつきまとう。これはどんな図書館にとっても逃れられない矛盾である。(p.66)
どんな図書館にも、受け入れるものと、排除するものがある。すべての図書館は選択の結果であり、必然的にその領域には限りがある。どんな選択からも排除されるものがあり、さもなければ選択はありえない。読書という行為は、絶えざる検閲に等しいのだ。(p.104)