孤独と不安のレッスン


孤独と不安のレッスン(鴻上尚史/大和書房)

鴻上尚史さんの本と言葉からは、学生の頃に、どれだけ多くのものを与えてもらったか、はかりしれない。
出てくるたとえ話しや経験談が、本当にどうしてこんなにぴったりした話しを持ってくることが出来るんだろうというぐらい上手い。そして、特に、人間関係の機微ということについて、本質的なことを見事に取り出してわかりやすく説明する人だと思う。
この本は特に、「孤独と不安」ということをテーマにして書かれている。
もはや自殺を選ぶしかないような、孤独や不安の深淵をのぞいている人に届く言葉は、心理学者が難しい言い回しで語るようなもっともらしい言葉ではなく、人間というものに対しての心の底からの思いやりによって発せられた、単純で素朴な、本当の言葉しかないのだと思う。
この本で書かれていることは、机上の理論ではなく、著者の実体験から積み上げられた実感なのだということが伝わってくる。もやもやとした、形のない不安が、言葉によって明確になることでスッと軽くなっていくことがある。
この本によって救われる人は、世の中にきっとたくさんいるんじゃないかという気がする。
【名言】
毎日、一人になって、誰とも会話しないで、一日が終わるようになったら、本当にみじめだと、あなたは言うでしょう。
誰からもかかってこない携帯電話を持っていることなんて、耐えられない。一週間、メールが誰からも来ない人生なんて、考えられない。
・・それでも、やっぱり、僕は聞くのです。
「どうして、一人じゃいけないんだろう?」
一人でいることは、そんなにみじめで恥ずかしいことなんでしょうか?本当にそうでしょうか?(p.16)
この世の中で、人間関係で悩んでいない人はいないのです。
その原因の多くは、「一人はみじめだ」と思っているからだと言ったら、あなたは驚くでしょうか?
「一人はみじめだから、とりあえず、友達を作る。でも、友達になりたいからじゃなくて、一人は嫌だから友達になる」
そんな動機で始まる人間関係は、問題が起こって当たり前なのです。(p.18)
まず、「恥ずかしくない孤独を体験してみる」というのが、「本当の孤独」を知る近道の一つなのです。
「恥ずかしくない孤独」とは、一人でいることが当然の孤独です。
それには、一人旅が最適だと、僕は思っているのです。最低1週間以上の一人旅。それも、なるべく何もない観光地がいい、という不思議な旅です。
あまりに、旅先にいろんなものがあると、あなたは、自分との対話をしている暇がなくなるのです。
自分が、「本当は何をしたいのか?」「本当は何を考えているのか?」を知るためには、ちゃんと一定の時間、何もせず、退屈し、孤独になることが必要なのです。(p.28)
あなたが孤独に苦しむのは、一人だからではなく、「一人はみじめだ」と思うからです。
断言しますが、「一人はみじめだ」というのは、単なる思い込みです。
それは、「毎日、三食食べないと死んでしまう」ということと同じぐらいの思い込みです。(p.38)
あなたが恋人の気持ちに敏感であればあるほど、あなたは恋人にとって理想的な相手となります。いつも恋人のことを考えることを、あなたは「愛の深さ」だと思いますが、それは、ただ、恋人の気持ちに敏感なだけかもしれません。
恋人の気持ちに敏感なあまり、自分自身の気持ちを無視するようになるのです。いえ、相手が喜んで、初めて自分が楽しいと感じられるようになるのです。
あなたはそれを、「愛の深さ」だと考えますが、ただ自分がなくなっただけかもしれないのです。(p.51)
僕は、子供の頃に歌って、あの歌がけっこう大きな原因になっていると思っています。
「1年生になった~ら~、友達100人できるかな」です。
声を大にして言いますが、友達は100人できません。それはムチャです。大人でも100人友達がいる人なんていません。100人のうち、多くは友達ではなくて知人です。本当に100人の友達を作ろうとしたら、人間関係に忙殺されます。(p.59)
問題は、『世間』は、最終責任を取ってくれないということです。世間様から見て文句ない生活をしていても、文句ない娘になっても、だから、幸福になったり相手が見つかったりする保証はありません。(p.79)
直接、ぶつからないから、不安は妄想の中でどんどん膨らみます。そして、お互いの孤独も深まります。当人たちの想像力が、当人たちをどんどん苦しめるのです。
ですが、罵り合うのも、とことんやれば、お互いの関係ははっきりします。
特に、まだお互いがお互いの関係をなんとかしようと思っている場合、前向きに考えようとしている場合、喧嘩はとことんやった方が、はるかに有効なのです。
中途半端に短い時間しか言い争わないから、問題は深く、陰湿になるのです。
一度、文句を言い出したら、最低でも8時間は、言い争いを続けるのです。決して、途中でやめてはいけません。
悪口も、8時間も続けると、だんだん言うことがなくなります。じつは日本語は、英語に比べて、直接の悪口はとても少ないのです。
お互いが本気でもめている時は、8時間も罵り合うことは不可能で、だんだんと話し合うようになり、結果、煮詰まった二人の関係が回復する可能性があるのかないのかが、はっきりしてくるのです。
とことん話し合って、二人の考えていることがまったく違うということがお互い分かり、これはもう別れるしかないと結論したとしても、それはとても前向きで健全なことだと僕は思います。
その時は、胸が張り裂けるぐらいつらいことですが、問題に区切りをつけられるというのは、じつは希望です。もう同じところでぐだぐだと悩む必要はないのです。陰湿な妄想に苦しめられることもないのです。(p.120)
心を閉じたまま、「浮気なんかしてたりしてー」と半分笑いながら茶化して聞けば、人は決して本当のことは言いません。あなたが真剣に聞いてないから、相手も真剣には答えないのです。(p.123)
私達は、なるべくなら、プラスの人間関係だけを欲しいと思います。喜びや楽しさや幸福な驚きを与えてくれる人間関係を経験したいと思います。
マイナスの人間関係、孤独や不安や哀しみや怒り、そういうネガティブな感情を与えられる関係は、避けたいと思います。
が、やっかいなことに、最も喜びをくれる相手が、最も激しい苦しみもくれるのです。大きな喜びと幸福をくれる相手が激しい孤独と不安をくれるのです。(p.126)
あなたがおみやげを忘れても、許して、支えてくれる人を2人、持つことが目標です。
おみやげをいつも忘れてはいけません。たまにです。あなたが本当に苦しい時、おみやげまで気が回らない時、何回かおみやげを忘れても、「いいよ」と許して、共にいてくれる人です。
2人というのは、1人だと、その人の負担が大きくなりすぎることと、その人がダメな時にあなたが混乱するからです。相手は人間なので、ダメな時もあるはずです。なのに、その1人しかいなければ、あなたはその人を求め、その人との関係も壊れる可能性があります。(p.206)
あなたは、人生のどこかで、必ず、「何をしたらいいか分からない」状態になります。
会社で働いている真っ最中か、結婚がうまくいかなくなった時か、子供ができて問題を起こした時か、退職した60歳の時か、人生のどこかで、間違いなく、「何をしたらいいか分からない」時が来ます。
そして、60歳でそういう時を迎えるのなら、20歳前後で経験しておいたほうがいいだろうと、僕は思っているのです。その方が、免疫がつくのです。(p.220)
ソーシャルブックシェルフ「リーブル」の読書日記

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