芋虫(江戸川乱歩/角川書店)
とんでもない小説だった。
一人の人間が、ここまでの極限状態を描き得るということに、畏敬の念を感じる。江戸川乱歩という人は、まぎれもなく、リミッターを取り去った想像力と、果てのない妄想を曝け出す覚悟を持った、正真正銘の小説家だったのだと思う。
もし、小学生の頃に、「怪人二十面相」ではなく、こういう強すぎる毒のほうを喰らっていたとしたら、どういうことになってしまうんだろう。というかそもそも、こんな衝撃的な作品は、今や、どこを探しても見つからないんじゃないだろうか。
【名言】
彼女の心の奥の奥には、もっと違った、もっと恐ろしい考えが存在していなかったであろうか。彼女は、彼女の夫をほんとうの生きたしかばねにしてしまいたかったのではないか。完全な肉ゴマに化してしまいたかったのではないか。胴体だけの触覚のほかには、五官をまったく失った一個の生きものにしてしまいたかったのではないか。そして、彼女の飽くなき残虐性を、真底から満足させたかったのではないか。不具者の全身のうちで、目だけがわずかに人間のおもかげをとどめていた。それが残っていては、なにかしら完全ではないような気がしたのだ。ほんとうの彼女の肉ゴマではないような気がしたのだ。