MIND HACKS(Tom Stafford/オライリージャパン)
オライリー社が、コンピューターの技術書以外の本を出しているということを初めて知った。主に、脳科学や、認知心理学といった分野のトリビア的な雑学が100トピック集められている。
まったく知らなかったことや、衝撃的な内容も多く、人間の脳が、無意識のうちにいかに高度な情報処理をおこなっているのかが、この本を読んでよくわかった。
各章とも、「理論」と「実践」の二本立てが中心になっていて、目の錯覚のような実際に体験ができるような内容は、自分自身ですぐに確認が出来るような構成になっているのが面白い。この、手軽に実践出来るミニ実験が、「HACKS」的な部分なのだろう。
純粋に科学的な専門知識の話しから、知っているとちょっと面白い小ネタ的な内容まで、幅広く取り揃えられていて、読み物としてとても面白かった。
【特に面白かった話し】
・「人間は脳の10%しか活用していない」という俗説は間違い
・人間が目を動かしている(サッケード)時の映像は真っ暗になっている。1日に何十万回も映像が途切れているが、その間の映像は脳が補正して作り出している
・パッと時計を見た時、しばらく時間が止まっているように感じられるのは、脳が、目を動かすのにかかった時間を差し引いて逆算しているから
・2つの耳で音源の位置を特定するというのは高度な計算で、左右の耳に音が届く時間差や、耳たぶに反射して変わった周波数などから判断している
・脳は、常に次の出来事を予測しているので、故障していたエスカレーターに乗ると違和感を感じる
・テーブルに置いた任意の指を1本持ち上げてもらう時、機器で脳波を測定すると、持ち上げた指を決めた時よりも、指が持ち上がったタイミングのほうが早い
【名言】
仮に我々が脳の10%しか使っていないのだとしたら、中には失われても何の問題も起きない部位もあるはずだ。だが、脳はどの部位であれ、少しでも失われれば、通常ならできるはずのことができなくなる。つまり使っていない部位などない、ということだ。決して10%しか使っていないということはない。進化論の観点から見ても、「10%の神話」が真実であるとは考えにくい。人間の脳は非常に「コストの高い」組織である。脳は、重さは体重の2%ほどに過ぎないにもかかわらず、心臓から供給される血液の約20%、そしてそれと同程度の酸素を消費する。90%の部分が役に立たないような組織を、それほどの大変なコストをかけて維持している、などということがあるだろうか。(p.12)
サッケードの間に目の前で何かが起きたらどうなるのだろうか。よほど明るい光が発せられない限り、何が起きても見ることはできない。サッケードは不思議なものだ。1/10秒ほど世界が真っ暗になるということが、常時、1日何十万回と繰り返されているのに、我々にはまったく自覚がないのである。(p.60)
驚くのは、人間の目が、上部が白くなった円を、「膨らんでいる」とのみ認識し、決して「くぼんでいる」とは認識しないということだ。実際には2つの形状に見える可能性がありながら、自動的に1つに絞ってしまうのである。光が上から当たっていると脳が判断するには十分な理由があると思われる。光というのは我々の生きる地球上では多くの場合、太陽の光である。太陽の光ならば必ず上から当たる。(p.70)
奥行きの認知にはいくつかの手掛かりが使われる。心理学では、これを「奥行き手掛かり」と呼んでいる。研究によれば、奥行き手掛かりは、我々の環境中に最低19種類は存在しているという。(p.78)
視界は頭が動くことによってもぼやける恐れがあるが、それを防ぐ仕組みも人間には備わっている。頭が動くと、動きを知らせる信号が目に送られ、その信号を基に目は頭の動きと反対方向に動くのである。これを「前庭動眼反射」と呼ぶ。この仕組の存在は、本を手に持って、頭を左右に振りながら読んでみればはっきりとわかる。頭を振っていても何が書いてあるかはわかるはずだ。逆に、頭を振るのと同じ速度で、本の方を振ってみると、まったく読めなくなってしまう。字の動き方は事実上同じはずなのだが、結果はまったく異なる。(p.113)
何かが自分に衝突しそうな進路で近づいてきた時、人間は80ミリ秒以内にそれに反応できる。この時間では、とても高度な情報処理は不可能である。正確には、2つの眼から送られた視覚信号を1つに合成することも、これほどの短時間ではできない。そこで、いかにも「ハッカー的」という方法で対応することになる。「視界の中に周囲より暗い部分ができ、それが形を変えずに急速に大きくなっている」ということさえわかれば、「衝突する危険あり」とみなして反応するのである。(p.123)
ハトの場合、「物体が近づいてくる」ということを認知する細胞(ニューロン)は中脳にある。このニューロンの機能は非常に厳密に調整されており、近づいてくる物体が確実に衝突しそうな場合にしか反応が起こらないようになっている。「ニアミス」のレベルでは反応は起こらない。角度にして5℃以下のずれであっても、衝突の危険なしと判断できる。物が近づいてくる経路や速度を判断する際にはやはり「視界の中の暗い部分がどの程度の速さで、どのように大きくなっているか」ということが手掛かりとなる。(p.124)
視覚が「何がどこにあるか」を知らせる感覚だとしたら、聴覚は「何がいつ起きたか」を知らせる感覚、と言うことができる。聴覚の時間分解能は視覚をはるかに上回っている。映画のスクリーンは1秒間に24コマなら、途切れ途切れに見えることはなく、絶え間なく映像が映っているように見えるが、「カチッ」というクリック音が1秒間に24回鳴ったとすると、それはクリック音の繰り返しに聞こえてしまう。(p.172)
感覚情報が処理されて、それに反応するための命令が筋肉に送られるまでにはどうしても時間がかかる。我々が「今、見ている」と思っている景色は、実は少し過去の景色であり、「何かをする」という決定がなされてから、実際に行われるまでの間には時間差があるということだ。このズレによる影響をできるだけ減らすため、脳は能動的、積極的に外界とのやりとりをする。また、絶えず「次に何が起きるか」を予測し、予測したことが起きた場合の対応もあらかじめ決めようとする。(p.232)
人間は、生物と物体からなる世界の中で進化してきた。生命のない単なる物体と生物とでは、後者の方が対処が難しく、時には危険ですらある。そのため、我々の脳はともかく生物を見つけやすくできており、少しでも生物らしいものがあると、すぐに生物であると解釈してしまうのである。(p.304)
人間は、顔の識別があまりに得意なため、周囲のあらゆるものに顔を見つけることができる。顔のつもりで描かれた「スマイルマーク」などの絵はもちろん、本来、顔などないはずの雲などに顔を見ることもある。(p.371)
表情は、何らかの感情が生じた結果、自動的に作られるものだ。表情の変化を完全に抑えることは困難だし、表情を偽ることも同様に難しい。これは、経験を積み、十分に注意をすれば、他人の顔の表情を見るだけで、本当の気持ち、意図がかなり正確にわかるようになるということだ。この技術は誰でもある程度は持っているが、さらに高い技術を持った人がいる。刑事や探偵、心理学者、大金を賭けるギャンブラーなどはその例である。(p.375)