終戦のローレライ(福井晴敏/講談社)
これは空想の小説というよりも、緻密な調査と整然とした史観に基づいた、壮大な歴史小説であると思った。
第二次世界大戦がどういう戦争だったのか、戦時中の日本人のメンタリティーがどういうものであったのか、この本を読むととてもよくわかる。
第二次世界大戦は、人類に考えるテーマを様々と与えた戦争だった。
ナチスの異民族虐殺と人体実験、南太平洋のミッドウェー海戦での極限の飢餓状態、原子爆弾で一瞬のうちに起こる、街の消滅。戦争でしか起こりえないシチュエーションの中で、自分だったらどう行動するだろうと想像せずにはいられない。
日本にとっての「あるべき終戦」とは何だったのか。1945年8月のはじめ、日本はこの先どういうことになるかまったく想像がつかない分岐点に立たされていた。敗けることは必至ではあっても、本土決戦で1億人が全滅するまで戦うことになるのか、ソ連とアメリカとの分割統治になるのか、3つ目、4つ目の原爆が投下されて人口を調整された後にアメリカの一州となるのか。そのいずれに転んでも、まったく不思議はない状況だった。
筆者は、やたらと難しい言い回しを好んで使うので、あまり読みやすくはないけれども、その分、重厚感がある。ただの空想ではない、十分にあり得た「違った形の終戦」を垣間見れる作品だった。
【名言】
「四方を海に守られ、他国と接する国境線もなく、大規模な侵略を受けた経験もない。”他国””他民族”という言葉が持つ本当の意味から隔離されてきた国民は、人の立ち入らない入り江に棲む魚と同じで、ある日突然、銛に突き刺されて血を流す時まで、他者との間に横たわる断絶の深さ、不可知の恐怖を想像できないのだろう。
国境と民族の軋轢に絶えずさらされた結果、他者はどこまでいっても他者と断定するようになった大陸諸国の感性も、自らの優位性を保障する究極的な手段として、優生学という愚かな学問を利用した国家の思考回路も、日本人は永遠に理解することはない。」(第1巻p.171)