裏窓(アルフレッド・ヒッチコック)
マンションというのは不思議な空間だ。その中には、ひしめくように多くの人々が住んでいて、そこにはそれぞれ個別のドラマがある。しかし、そこの住人には、お互い、壁一つ隔てた隣の人々が何をしているか、まったくわからない。
あるマンションの中で起こる様々のドラマを同時に俯瞰できる人がいるとしたら、それは住人ではなく、そのマンションを一望することが出来る場所にいる、「マンションの住人ではない」人間だ。
この「裏窓」という映画は、舞台となっているマンションをのぞく一人の男を主人公にしており、それは、映画を観ている立場からすれば、芝居を観ている観客を見ているようなもので、いわば劇中劇のスタイルになっている。
面白いのは、その劇が、舞台を見ているだけではなく、観客をも同時に見ているという形式になっていることだ。ステージ上の光景だけではなく、それを見ている観客の反応や、驚き、あるいは観客の不在(観察者である主人公が寝ていることもある)をも確認することが出来るのだ。
自分たちの周りでは常に様々なドラマが同時並行で繰り広げられているということを、この映画は、ユーモアを交えて気づかせてくれる。新たに引っ越してきた新婚夫婦、ダンサーになるため修行中の女性、必死に曲を作っている作曲家、悲しみの中にある未亡人・・。そういった様々な人たちが一つの建物の中に住んでいながら、互いのことをよく知る機会はない。それが、マンハッタンのような都会の中では、なおさらだ。
映画の中で主要なテーマとなっている、一つの事件があるのだけれど、それは話しの焦点をわかりやすく絞り込むためのテーマに過ぎず、実際には、この映画は、それぞれの部屋でおこっている小さなドラマを集めた、オムニバス形式の映画といってもいい。
それぞれの住人の暮らしの中の物語は、時間の経過と共に徐々に進んでいき、それぞれの物語が緩やかに影響を与え合っている。その関係を実に見事に表現したこの作品は、繰り返し見返すたびに新しい発見がある、とても緻密に作られた名作だ。
「裏窓」(1954年)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:ジェームス・スチュアート、グレース・ケリー