スカイ・イクリプス


スカイ・イクリプス(森博嗣/中央公論新社)

「スカイ・クロラ」本編とはちょっと趣向が違う、外伝的な位置づけの短編集。
一編を除いて、いずれの短編の主人公も、本編では脇役として登場した人物で、違った視点から「スカイ・クロラ」の世界を感じられるようになっている。
特に好きだったのは、ササクラの視点から語られる、「ジャイロスコープ」という短編だった。
しばらく読み進めるまで、その短編の主人公が誰なのかがわからないことが多い。色々な情景描写や独白を組み合わせながら、この語り手が誰なのかと、この出来事がいつの事なのか、を想像しつつ読み進めるという楽しさがある。
各章の冒頭文は、ポール・ギャリコの「雪のひとひら」からの引用で、それと歩調を合わせるように、今巻は、全体にしんみりとした、穏やかな感じになっている。
「スカイ・クロラ」本編は、既刊の5冊で幕引きであるような雰囲気だけれど、こういう外伝的な作品が今後も継続的に出されて、時々「スカイ・クロラ」の世界に戻ることが出来れば最高だと思う。
それとも、作者は、この一冊をすべての謎に対する最後のヒントのつもりで世に出したのかも知れない。それはそれで、この、救いの残る「スカイ・イクリプス」を締めくくりとして持ってきたのは、素晴らしい終わり方だと思う。
【名言】
どう答えようかな、とササクラは迷った。図星だったからだ。クサナギという人物は難しい。感情的なところがあるかと思えば、あるときは冷静、冷酷、沈着。どちらが、本当の彼女なのか、よくわからない。少なくとも、彼女はパイロットだ。それもエースである。この基地では指揮官補佐の位にある。整備工には絶対的な命令を下すことができる立場だ。彼女の機嫌を損ねれば、即、彼のすべての楽しみが奪われる可能性だってある。(p.18)
散香は、着陸するような低空。
タッチアンドゴーでもするつもりか。
と思われたとき、半ロールして、背面飛行に。
高度が落ち、キャノピィが地面を擦りそうなくらい。
ふわっと、少し浮かんだかと思うと、また半ロール。
今度は正立。
ちょうど目の前に来る手前でまた半ロール。
もうやめてくれ、とササクラは叫びたくなる。
危ないじゃないか!
機速が不充分だ。
ぎりぎりだ。
カメラの前を超低空背面で通り過ぎ、また正立に戻す。
もう一回、ロールをして、背面のまま、ようやくエンジンの回転を上げ、上昇していった。
「心臓に悪いな」ササクラは呟いた。
右手でも垂直上昇。途中でエンジンを絞り、ストール・ターンを見せる。
次は、連続ロールでスクリューのまま、右手からアプローチ。
さすがに、高度十メートルくらいあった。
それでも、回り続けている。
そして、みんなの前を通るときには、エイト・ポイント・ロールに切り替わり、四十五度の角度ずつ、一瞬止めながら、ロールをしていった。
左手へ通り過ぎたあと、何人かが、拍手をするのが聞こえた。思わず手を叩きたくなったのだろう。(p.26)
ピッチ・ベースを下げたことに、彼女は気づいた。ササクラはそれを考えていた。低空でアクロバットをするなら、と思って、昨夜、ほんの気持ち程度、ボルト半回転ほど、マイナスに設定しておいたのだ。まさか気づくとは思わなかった。気持ち良く飛んでくれたら良い、くらいに思っていたのだ。(p.32)
基本的に大事なことといえば、落ち着くことだ。自分も含めて組織全体が。いつも、これを考える。頭に血を上らせてはいけない。自分も含めてこの社会全体が。それなのに何故か、躍起になって頭に血を上らせようとする勢力が押し寄せる。何だろう。どこに起源を発しているものか不明だが、非常に不思議だ。(p.128)
■「スカイ・クロラ」シリーズ
スカイ・クロラ
ナ・バ・テア
ダウン・ツ・ヘヴン
フラッタ・リンツ・ライフ
クレィドゥ・ザ・スカイ