絶対音感(最相葉月/新潮社)
「絶対音感」という能力を切り口にして、様々な音楽家へのインタビューをとりまぜながら、音楽を多角的に分析した構成したノンフィクション。
絶対音感というのは、音楽家にとって、あればかなり便利な能力であるけれども、それが絶対必須であるというわけでもないらしい。絶対音感を学ぶことによって、店で流れるBGMを単純に音楽として楽しめなかったり、瞬時に転調をすることがやりにくかったりという弊害もあるのだという。
絶対音感というのは、不思議な世界だ。高校の時の同級生で絶対音感を持っている友達がいて、その人が、一度聴いた曲をいとも簡単にピアノで演奏するのを見て、ほとんど魔法のようにしか思えなかった。
音楽の専門家でない人々からみれば謎の領域である「絶対音感」というところを入口にして、音楽について書いたというのは、とても興味深い。ただ、内容は盛りだくさんなのだけれども、寄せ集め的なバラバラな構成で、一本通った筋道や作者自身の意見というものがなく、それが残念なところだった。
絶対音感というのは、音楽家にとって魔法の杖であるだけに、そこには様々な思惑がうずまく。その能力を持っていない人にとってはコンプレックスの原因となるし、たとえ持っていたとしても、その中で、それぞれの能力には微妙な差異がある。そこから起こるドラマまでを含めて描いているというのは、この本の見事なところだと思った。
【名言】
絶対技術というのものがあるとすれば、音楽は上達していくときにどうしてもそういうプロセスを通るんです。技術偏重に陥る危険性が大いにあるのです。でも、十三歳の子どもがショパンについて何をいうべきか。自分がやっていることが何なのか、わかると思いますか。音楽は自分と音楽がコミュニケーションをとれるようになるまでがものすごく大変なんです。フィジカルなものは自分の思想を伝達する手段なのです。(p.59)
絶対音感は持っていたほうがいいけれど、それだけではなく、音程の感覚はきっちり勉強しないとだめです。それに比べると、ピアノはチューニングから人任せ。これは音楽家としてかなり致命的な無精だということがわかりました。自分の表現の相当大きな部分を棄てているわけですから。(p.238)
絶対音感は物心がつく前に親や環境から与えられた、他者の意思の刻印である。音楽を職業とするには、それだけではまったく不十分なのである。(p.255)