百物語(手塚治虫)


百物語(手塚治虫/集英社)

自分の願いと引き換えに悪魔に魂を売った主人公の名前が不破臼人(ふわうすと)であることが示すように、「ファウスト」を下地にして、日本の戦国時代に舞台を移して作られた物語。
ストーリーはだいぶ、オリジナルの「ファウスト」とは異なるけれど、そのエッセンスが、見事に取り出されて表現されている。
そして、オリジナルとどちらが面白いかと言えば、手塚版のほうが断然面白いと思った。「ファウスト」が、基本的には神と悪魔、善と悪というニ項対立の枠組みの中で作られている物語であるのに対して、この「百物語」は、それをもっと日本的に、単純な二元論ではない驚きの展開へとつながっている。
悪魔と人間は、お互いに憎みあい奪いあう相手ではなく、悪魔は人間を理解しようとし、人間も悪魔と同じ世界を共有しようとする。ここまで設定を変更しておきながら、原型となっている世界観を換骨奪胎して完全に自分のものにしてしまう手塚治虫という人は、本当に天才的な物語作者なのだと思う。