読まない力


読まない力(養老孟司/PHP研究所)

養老孟司氏の文章を読んでいると、池田晶子氏と物の言い方がよく似ていると思うことがある。時事について考える時、世間的な常識をまったく信用せずに、自分自身の感覚と思考を頼りにしているというオリジナルさが感じられる。
政治が好きではないらしく、世間のことにもあまり興味がないという人が、こういう時評を連載するというのも何だか矛盾したことだけれども、やはり、そういう人でないと書けないことがたくさんあるのだろうと思う。
【名言】
私は田母神論文なんて、読んだことがない。読むつもりもない。なぜって、自衛官つまる軍人は闘うのが本務なんだから、口ではその資質を計りようがないからである。論文がよくできていたら、むしろ信用しないであろう。巧言令色鮮仁である。(p.5)
じつは私はオリンピックをあまり好ましいものだと思っていない。根本の理由は、身体の使い方が極端だからである。きわめて特殊な身体の使用というしかない。(p.42)
私が育った時代には、わが国はいわば発展途上国だった。だから逆に野山で生き物が追えた。老年になって、その私は、今度はそれを博物館で観察している。私の一生はそれでいい。しかし、いま博物館で育っていく子どもたちは、将来何を見ればいいのだろうか。(p.67)
今年は二週間の夏休みをとって、そのあいだテレビも新聞も見なかった。虫のほうはいろいろな発見があって、自分ではとても面白い。こんな世界があったのか、といつもしみじみと思う。儲かる話も人間同士の対立も、自然の世界を見ることとは関係がない。こういう世界に関心がある人とない人では、人生にかなりの違いがあるのではないか。(p.98)
日本は資源小国だというが、じつは違うものが二つある。一つは水で、もう一つは森林である。石油が切れた状況を想像すると、これはきわめて有利である。わが国は石油以降の文明国をめざせばいい。いい加減に腹を据えたらどうか。石油なんて出ないほうが幸福だ。それはイラクを見ればイヤというほどわかるはずである。(p.101)
極端な話、世の中が暗いなら自分が躁状態になればいい。なんと、すべてが明るく見えるはずである。それじゃあ、本当の自分が消えてしまうじゃないか。冗談じゃない。いくら変えようとしても、変えられないものを「本当の自分」というのである。(p.183)
未来が見えることは、本当にいいことか。そろそろそれも考えなければならない。一寸先は闇。それが怖いのは当然だが、怖くない人生は面白い人生か。自殺が増えるのはこれと関係ないだろうか。
先が見える道と見えない道と、どちらを選ぶかといわれたら、私はよく見えないほうを選んできたような気がする。それがよかったかどうか、神様しかわからない。しかしともあれ、退屈だけはしないで済んだ。(p.187)
ソーシャルブックシェルフ「リーブル」の読書日記

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