今日もていねいに。(松浦弥太郎/PHP研究所)
この著者の考え方には、ものすごく共感出来るところが多い。
エッセイというよりも、生きるにあたっての心掛けのメモのような内容。各トピックについて2~3ページずつぐらいに、短くまとめられている。
斬新なことや奇抜なことを言っているわけじゃなく、かなり基本的なことをストレートに言っているのだけれど、簡潔な言葉が響くのか、すごく好きな文章だ。
たとえ、この本にあるような思想を持っていても、こういう文章を書いて公にすることは難しいことだと思う。「それを書いているお前は、実際に出来ているのか」という目で常に周りから見られるようになると思うからだ。
松浦さんという人は、そういうプレッシャーをも自分を向上させる糧に出来るぐらいに、自分自身に厳しく、信念を持っている人なのだろう。そういう覚悟が伝わってくる文章だと思った。
【名言】
きれいなところを、もっときれいにすることは、ひとつの創造です。(p.30)
世界のすべてにかかわる土台とは、清潔感だと思います。「どんなことができるか、何をもっているか」よりも、清潔感があるほうが、はるかに尊いと感じます。(p.43)
仕事についてでも、恋愛や人間関係の問題についてでも、人に相談されたことに対してアドバイスをするときには、その人の面倒を一生みる覚悟がいると思います。
もし僕が「あなたの作品は、こんな工夫をしたらいいんじゃないですか?」などとアドバイスをしたら、たとえ軽い気持ちだろうと、一生その人とつきあわなければなりません。その人が「松浦さんに言われたように工夫してみましたが、どうでしょう?」とたずねてきたら、仕事を調整してでも、きちんと向き合う義務が生じます。
その義務は一生続くものであり、途中で投げ出しては卑怯な振る舞いになります。だったら最初から一線を越えないほうが、おたがいのためだと思うのです。(p.72)
人と戦わないからこそ人に負けないというのは真実です。(p.80)
自分が毎日、手紙を書けば、二日おきぐらいに、誰かしらから手紙が来ます。まず自分が旅先から手紙を書けば、世界のどこからか、旅先の誰かから手紙が届きます。(p.100)
増やしたら、減らす。
ごくシンプルなこのやり方が、ていねいに生きる秘訣です。
新しいものを一つ手に入れたら、部屋の中にあるものを一つなくす。そうすると、いつも余白がある暮らしとなります。(p.112)
誰にもふれられず置き去りにされたものは、やがて生気を失います。
僕が本や服を少ししか持たないのも、自分が毎日さわってあげられるものには、限りがあると知っているためです。これを裏返しに考えれば、ほんの少しの選び抜いたものだけ持つのであれば、毎日さわることも可能ということです。(p.122)
三人以上、人が集まるところには、僕はなるべく行きません。
パーティのたぐいも断りますし、誘われても、飲み会や食事会は遠慮します。すこぶる「つきあいが悪い人間」というわけです。
体質的にアルコールを受け付けないとか、早寝早起きという自分のリズムを守りたいといった理由もあります。おだやかな晩ごはんを家族といただき、本を読んだり考え事をして一人で過ごし、特別なこともなく静かに眠りにつく夜が多いのです。
しかしつきあいが悪い本質的な理由は、もともと社交的ではなく、大勢の人と会うのが苦手だから。さらに言えば、人間が生きる基本条件は孤独だと思っているから。
人は人とかかわりあって生きていきますが、恋人だろうと家族だろうと、100%ぴったり、ひとつになってはいないものです。何を考えるかで行動も生き方も決まりますが、思考というのは、誰かと一緒にはできません。
感じる、思う、考える、選ぶ、決める、人生の根っことなるこうしたことは、一人でしかできない。この事実を、いさぎよく認めねばならないと思うのです。
だから僕は、孤独であることを基本条件として受け入れています。(p.124)
受けた親切をその人に返せない。そんなときは、別の人に返してもいいのです。(p.131)
毎日をていねいに、手間をかけましょう。何に手間をかけようか、考えながらその日を送りましょう。面倒くさいと片付けず、あえて手間隙をかけることで、ささやかながら極上のよろこびが見つかるはずです。(p.139)
そもそも人は、求められる生き物です。
会社はたくさんの仕事を求めてきます。家族やさまざまな人間関係も、さまざまな役割を求めてきます。いろいろな意味で、無理な要求というのは、誰にでも日々たくさん降りかかってくるものです。
それにどう応えるか、応えないか、正しい判断をすることが、自分の暮らしと相手を守ることにつながります。(p.146)
落ち込んだとき、僕はとことん落ち込みます。
どん底まで落ちていく気持で、一人引きこもったりします。外からのあれこれを遮断し、「逃げ場所」に避難の旅をすることすらあります。
泣きたくなることは、たくさんあります。死にたくなることも、たくさんあります。大人で、父親で、仕事人であっても、それが僕という人間であるし、ほとんどの人はそうでしょう。だったら、誤魔化すことなんてないのです。
心がふさぎこんでしまったら、自分を休ませてあげましょう。
一週間かもしれないし、十日かもしれない。重病になったとみなし、自分で自分に正々堂々と休暇を与えるのです。生きていく最小単位は「自分」なのですから、それを優先して大切にすることは、わがままでも身勝手なふるまいでもありません。(p.148)